まちと学生とジャズフェスと

去る6月12日に、浜大津の丸屋町商店街の一角にある大津百町館で、龍谷大学社会学部の「大津エンパワねっと」が主催して、第三回「まちづくりカフェ」が開催されました。「まちづくりカフェ」にて、商店街とジャズフェスティバルをテーマにして、大津ジャズフェスティバル(以下、OJF)実行委員のTabu氏と高槻ジャズストリート(以下。高槻JS)の北川氏が講演を行いました。

今回は、スピーカーのTabu氏と、実行委員であり龍谷大学生でもある塩飽君の、二つの視線で「まちとジャズフェス」についてのレポートをお送りします。


実行委員のTabuと申します
「まちづくりカフェ」は龍谷大学社会学部の学生が運営する情報交換と交流の場で、ここから人の輪、まちづくり活動の輪がひろがっていくことをねらいにしているそうです。
OJFは「ジャズと一緒に街歩き」をテーマのひとつとしており、音楽と一緒にまちを楽しんでもらい、まちも元気になることを目指しております。

今回は、ゲストとしてOJFの師匠である高槻ジャスストリートから北川潤一郎さんに来ていただき、高槻の14年の歴史と経験を語ってもらいました。

シャッター通りを何とかしたいと始めた高槻JS。
はじめは「ゴールデンウィークはお店を休んで静かにしているのにうるさい!」と商店街の人に反対されたのを、頭を下げてお願いし、やがて徐々に人の流れができ、そこからまちに活気が生まれてくるようになった。学生、おばちゃん、外国人まで色々な形で関わってくれ、それが高槻JSだけでなく様々なまちづくりや祭りの原動力になっている・・・・・。

北川さんの話を聞いて、OJFとまちの将来について更に具体的なイメージが湧きました。

参加したまちの皆さんからは、「OJFをもっと楽しい祭りにしてほしい、大津祭の町衆の力を使いたい」といった意見を頂きましたし、北川さんからは、「大津は琵琶湖があって無限の可能性があるし、日本一・世界一になる可能性がある。開かれた祭りを楽しんでやる、夢を持って枠をつくらずになんでもやるべし」との激励を頂き、やる気がむらむらとわき起こってきました。

がんばりまっせー。


こんにちは!大津ジャズフェスティバル実行委員、並びに龍谷大学社会学部4回生の塩飽雄馬と申します。

今回の「まちづくりカフェ」については、これからのOJFを考える上で大変参考になる御話を北川さんからお伺いすることができました。

僕個人、龍大生であり、OJF実行委員の立場でもある故、双方の視点から「まちづくり」を考えています。

まず学生の立場で考えますと、学生の大半は「まちづくり」という言葉に対するなじみが薄いように思えます。
興味・関心を持つきっかけが無い限り、学生がそのフィールドに足を踏み入れることは少ないです。
一概には言えませんが、学生と「まちづくり団体」が交流する機会が限られていることが原因の1つではないでしょうか。
そう言った意味では、今回のような取り組みは非常に意義あるものだと感じました。

次にOJF実行委員としてですが、実行委員会の活動をする上で学生・社会人の違いは無い事を認識いたしました。

ならばどうするか?
やはり自主的・積極的に挑戦するより他にありません。何事にも真剣に取り組んでみることで、新たな経験が得られるのでしょう。

学生として、OJF実行委員として、双方の立場に立ってできる事って何でしょうか?
正解は幾つもあるのでしょう。しかし、「まちづくり」=「地域活性化」という定義の上では、目指すべき形に大差は無いかと思います。

北川さんのお話の中にあった「良い”出会い”が、良い”つながり”を作り、良い”まち(コミュニティ)を作る”」という流れに乗ることが、今後の「OJFとまち」の可能性を握る鍵なのではないでしょうか。

新しい取り組みをすること自体が目的ではなく、活動の中で”まち”を形作っている”ひと”に如何にしてフォーカスを当てていけるか。
そのことを念頭において、今後の活動に取り組みたいと思います。


二つの視点からみた「まちカフェ」の模様はいかがだったでしょうか。

龍谷大学からは、毎年多くの学生さんに実行委員やボランティアで大津ジャズフェスティバルに参加いただいております。
大津ジャズフェスティバル自体も、第1回実行委員長である故小山氏と龍谷大学の原田先生と脇田先生が「まちあるき」の会に参加した時に出た話が開催の発端でもあります。
「賑やかで良いまちにしたい」という共通の目的で、まちと龍谷大学と大津ジャズフェスティバルが一緒になって進んで行ければと思っております。

大津のまちの盛り上がりに、大津ジャズフェスティバルが少しでも役に立てれば良いですね。
実行委員一同、頑張ってまいります。

では~

大津ジャズ日誌 第7回

みなさん今日は。大津初心者の宗純です。
第6回に引き続いて、京阪膳所駅から琵琶湖湖畔までの、後半です。

「ときめき坂」の出口のあたりに、屋根の近くまでツタにおおわれた3階建ての奇妙なお店があります。
どうやら花屋さんのようですが、近づいて店先にある黒板に書いてある文字に目をとめると、一瞬不思議な感覚にとらわれてしまいます。それは日本語で書かれていることは分かるのですが、どう読むのか途方にくれてしまいます。
どうして読めないのでしょうか?
一瞬自分の頭がおかしくなったような錯覚にとらわれてしまいます。ほんの2、3秒後、その黒板はすべて逆さ文字で書かれていることに気がつきます。

お店の名前は「ベティ・ブーフ」。
店主の永野さんが、ご自分で毎週この黒板に文字を書いているそうです。
いったん音楽をとめて、お店の中に入ってみましょう。

永野さんにどうして逆さ文字を書いているのか、ぜひ尋ねてみましょう。
エジプトのヒエログリフ(神聖文字)の話から始まって、大脳生理学の話まで、次々に面白い話をしてくれます。
2匹のブタの絵を書くとあなたの性格診断までしてくれます。さらには、太い竹でできた見たこともない楽器で、不思議な音楽を演奏してくれるでしょう。永野さんはこの楽器で東南アジアまで演奏旅行に行かれたそうです。

すっかり永野さんのお話に聞き入ってしまい、時間のたつのを忘れてしまいそうです。
このあたりで「ベティ・ブーフ」を出て、琵琶湖湖畔を目指すことにしましょう。
曲は5曲目の「コルコヴァード」から再開です。

目の前の国道を、車が次々に速度を上げて通り過ぎる向こう側に、背の高いマンションが見えてきます。信号を渡って左側には「パルコ」右側には「西武大津ショッピングセンター」、そこから先には高層マンションが目に入ってきます。
このあたりが大津でいちばん都会的な雰囲気をもった場所です。ここから琵琶湖湖畔までは、ほんの数分の距離。マンションの間を歩くうち、琵琶湖の湖面の輝きが視界に入ってきます。

小野リサの歌声を聴きながら、木漏れ日の中を気ままに歩いてみましょう。
左に向かえば、琵琶湖ホールをへて大津港へ、右に向かえば大津プリンスホテルをへて近江大橋へと、湖畔沿いの道は通じています。琵琶湖湖畔沿いで一番都会的な雰囲気が楽しめる散歩道です。湖面にはヨットやウインドサーフィンを楽しむ人も見えることでしょう。遠くには「ミシガン」がゆっくりと進んでいるのが見えるかも知れません。目をこらすと、遠くには対岸の草津のマンション群や、大きな風力発電の風車、さらには琵琶湖大橋まで、かすかに見ることができるでしょう。

「世界でいちばん美しいジャズフェスティバル」。

この謳い文句が真実であることを、ぜひあなたの目で確かめてみてください。
本番は10月15日(土)、16日(日)。季節は秋の真っ盛り。
涼しい風が琵琶湖湖畔を吹き抜け、ジャズで熱くなった心を心地よく冷ましてくれます。

すでに京阪電車の石山・坂本線には、大津ジャズフェスティバルのラッピング電車が走り始めています。話題の「けいおん」のラッピング電車の見物もできます。
ぜひとも、京阪電車に乗車して大津の街歩きをお楽しみください。

大津ジャズ日誌 第6回

 みなさん今日は。大津初心者の宗純です。

大津の琵琶湖湖畔は、リゾートの雰囲気と都会の雰囲気の両方を味わうことができます。
英語で表現すると、「アーバン・レイク・サイド・リゾート」って感じでしょうか?
今回はマンションの広告風に始まりましたが、初秋の昼下がり、ボサノバを聞きながら、街歩きをしてみましょう。

 今回選んだのは、小野リサの1998年のアルバム「ボッサ・カリオカ」。
ボサノバと言えば、「イパネマの娘」が有名ですが、このアルバムはその作曲者のアントニオ・カルロス・ジョビンの曲を中心にした、親しみやすいアルバムとなっています。ボサノバの魅力が曲とリズムにあることはもちろんですが、実は歌詞がポルトガル語で歌われることも、隠れた魅力となっているのではないでしょうか。英語なら何となく分かるところがあるけれど、ポルトガル語の歌詞の意味は全然分かりません。だから最初から最後までスキャットとして耳に入ってきます。そしてジャズとは違った鼻歌のような軽やかさも魅力です。

 京阪膳所駅を降り、「ときめき坂」を琵琶湖湖岸まで歩こうというのが今回のルートです。
駅を出て踏み切りを渡ると、道の左右に、ケーキ屋、コンビニ、居酒屋、クレープのお店、コーヒー専門店、美容室、ピザのお店などが、次々に見えてきます。

 1曲目は「ソ・ダンソ・サンバ」。ジョビンの有名なナンバーです。
歌詞が簡単でリフレインが心地よく、ついつい口ずさんでしまいそうです。ゆるやかな下り坂にこの曲はぴったりです。
 2曲目の「ソーホーのサンバ」を聴いていると、足取りが自然とサンバのステップになってしまいます。
 3曲目の「想いあふれて」が聴こえてくる頃、道が二又に分かれている所に差しかかります。右の道を進むとすぐ、子どもたちのにぎやかな声が耳に入ってきます。商店街のど真ん中にあるのは「平野小学校」。開け放たれた教室の窓から聞こえてくる子どもたちの声が、曲とミックスして、まるでライブアルバムのようです。

 道の左側にパリの街角のカフェのようなおしゃれな店が見えてきます。
 通り過ぎるにはもったいない雰囲気なので、いったん曲をとめて中に入ってみましょう。

 「GMT plus un」フランス語読みで、ジェー・エム・テー・プリュス・アン。本格的な紅茶専門店です。
 GMTとはグリニッジ標準時のこと。フランスはこの世界標準時と1時間の時差があるのでこの名前になったそうです。BGMに流れているジャズを聴きながら、紅茶で一息入れることにしましょう。

 ここのオーナーの中井さんは、本物の紅茶を求めて、遠くインド、スリランカまで出かけて、茶葉を仕入れているとのことです。普通では手に入らない貴重な紅茶が、この「ときめき坂」で味わえるというのは意外です。室内の調度品も1世紀近い昔のアンティーク家具やおもむきのある照明で統一されていて、居心地満点です。通販もやられているそうなので、ご興味のある方はネットで検索されてください。

 お店を出て、4曲目の「カリオカのサンバ」を聴きながら、また街歩きを続けましょう。
 坂の出口に差しかかると、あれ?左側に建物全体がツタにおおわれたお店があります。これって何なんでしょう?                      

 次回につづく。。

大津ジャズ日誌 第5回

 みなさん今日は。大津初心者の宗純です。

 大津は地酒で有名な所でもあります。「丸屋町商店街」の中にある「平井酒造」は、1658年創業。350年以上も続いている老舗の酒屋さんです。京阪浜大津駅そばの「小川酒店」には大津に限らず滋賀県の地酒が豊富に揃っています。今回のジャズ日誌は、酒にまつわるお話をしてみようと思います。

 ジャズのアルバムのタイトルや曲名で「酒」がつくものと言えば、何と言っても「酒とバラの日々」ですね。でも英語では「ザ・デイズ・オブ・ワイン・アンド・ローゼズ」。つまりこの場合「酒」と言っても「ワイン」なのです。日本酒を題名にした曲は私も思いつかないのですが、歌詞の中に「酒」という言葉が出てくる唯一の曲があります。

 黒人女性歌手、ディー・ディー・ブリッジウオーターの1994年のアルバム、「ラヴ&ピース/トリビュート・トウ・ホレス・シルバー」の中の3曲目「トーキョー・ブルース」です。今回はこのアルバムを用意して、大津のお店めぐりをしてみましょう。

 私が大津に来て驚いたことの一つは、看板がとても小さくて目立たないお店が多いということです。
 「丸屋町商店街」近くの「でんや」も、そばまで行っても通り過ぎてしまいそうなくらい外観が地味な店です。でも中に入ると趣がある町家で、おでんがおいしいと評判です。大津駅前の中央大通りを大津港に向かってしばらく下ったところにある「だいず屋」も外からは想像できないくらいに中は広くて、モダンな雰囲気です。ここは大豆を素材にした料理で評判です。さらに県庁近くにある「ふゅーちゃ」は、よっぽど近づかない限り何の店なのか分からないと思います。でも昼時はお客でいっぱいです。

 ところで「今回はジャズはどうなったの?」、とお思いの方もいるでしょう。
 実は今回のアルバムは、「丸屋町商店街」の入口近くにある、ジャズバー「パーンの笛」でじっくり聴いてほしいのです。ここは10月15日(土)のジャズフェスの会場にもなっています。夕方、ママさんがシャッターを上げて、照明のスイッチをつけると、ジャズファンの小さな隠れ家の誕生です。さあ、ママさんにこのアルバムを渡してかけてもらいましょう。

 このアルバムはジャズピアニストのホレス・シルバーが作曲した作品に歌詞をつけたもので、彼自身がピアノを弾いている曲も2曲収録されています。ホレス・シルバーは作曲が得意で、スタンダード・ナンバーとなっている曲も多く、あなたも聴いたことのある曲があるはずです。

 2曲目の「ニカの夢」は特に有名な曲です。ここではディー・ディーの溌剌としたスキャットが聴き所です。

 そして3曲目の「トーキョー・ブルース」です。よく聴いていてください。
彼女が「ギンザ」「テリヤキ」「サケ」「スキヤキ」と歌っているのが聴こえるでしょう。ただ、私には「サケ」じゃなく「サキ」に聴こえてしまうのですが。アメリカの特に黒人ジャズマンは日本が大好きで、「ジンリキシャ」なんて曲もありますし、ウエイン・ショーターというテナー・サックス奏者の奥さんは「ミヤコ」さんでした。

 親しみやすいホレス・シルバーの楽曲と、歌唱力のあるディー・ディーの勢いのある歌声で、このアルバムは酒を飲みながら楽しめるものになっています。そしてこのアルバムをもっと楽しむためには、ママさん手づくりのおいしいチリ・ドッグが最高のお供となるでしょう。ちなみにママさんもジャズフェスの実行委員の一人です。

大津ジャズ日誌 第4回

 みなさん今日は。大津初心者の宗純です。
 京阪浜大津駅から徒歩5分、時代から取り残された風情のアーケード商店街があります。
 「丸屋町」そして「菱屋町」商店街。ここが10月15日(土)のジャズフェスの舞台です。

 

今回は1968年のビル・エバンスのピアノソロ・アルバム「アローン」を聴きながら、大津の町並みとピアノの響きが引き起こす、思わぬ化学変化を楽しんでみましょう。

ここは昭和30、40年代には、大津にとどまらず近郊の住民のお買い物やレジャーの中心地として大いに賑わい、休日には人にぶつからずには歩けないほどだったそうです。

今あなたの耳には1曲目の「ヒアズ・ザット・レイニー・デイ」が聴こえていることでしょう。
一音、一音、その余韻を慈しむかのように、ビル・エバンスはゆっくりとテーマを弾いています。
その一音、一音が、隅々までビル・エバンスの美意識に貫かれた一つの世界を形成していきます。
後はビル・エバンスの独壇場。アップテンポで次々にフレーズを繰り出してきます。
そのどれもが「ああ、これが聴きたかったんだ」と思わせるフレーズの連続です。しかも抑制がきいていて、甘さに流されていないのが、曲の美しさをよりいっそう際立たせています。

  シャッターが下りたままの店、昔の店構えのまますっかり時間が止まってしまった店。
  懐かしさと同時に、いくばくかの寂寥感。宴のあと、祭りのあとの寂しさを感じます。
  
  目をとじると、当時この場所を歩いていた多くの人の顔が浮かんでくるような気がしませんか?  
  子どもを連れた若い夫婦、休日のデートを楽しんでいるカップル、お小遣いをもらって遊びに来た中学生たち。
  さぞや商店街は人で溢れていたことでしょう。
  
  今、その人たちはみんなどこに行ってしまったのでしょうか?

2曲目の「ア・タイム・フォー・ラブ」。
ゆっくりと美しいテーマが始まってから、次第次第に音の厚みが増し、演奏が熱気を帯びてゆく様をじっくり味わってみてください。この曲でのビル・エバンスはまるで音楽の千手観音。一つのテーマから無限のバリエーションを紡ぎだし、どこまでもどこまでも演奏が続いていきそうです。

4曲目の「オン・ア・クリア・デイ」が流れてきました。

  あなたは今どのあたりを歩いていますか?
  商店と商店のあいだに、所々に小さな路地が奥まで伸びているのが見えますか?
  とても細い路地だと、「いったん中に入ったら、二度と出てこられないんじゃないか」、なんて心配になりますね。
  
  でも大丈夫。ちょっと勇気を出して入ってみましょう。
  どうですか?あなたの目の前には50年前の風景が広がっていることでしょう。
  
  大津は江戸時代から宿場町として栄えた所です。
  いまでもこんな路地裏には昔ながらの長屋があちこちに残っています。

「オン・ア・クリア・デイ」はミュージカル「晴れた日には永遠が見える」のテーマ曲。
超能力をもった女性が主人公ですが、ここ大津では誰でもタイムスリップができるのです。
この曲でビル・エバンスは、これまででいちばん躍動的に弾いていて、聴き手の身体も自然と揺れてきます。

アルバムにはあと3曲収録されています。
ビル・エバンスの名演奏を聴きながら、さらに路地裏めぐりをお楽しみください。

大津ジャズ日誌 第3回

みなさん今日は。大津初心者の宗純です。

大津といえば京阪電車です。今回は石山寺から比叡山坂本までを結ぶ石坂線に乗ってみましょう。
民家すれすれに走る区間があれば、自然に囲まれた区間もあり、浜大津と三井寺の間の1区間は路面電車にもなるし、石坂線は大変に表情が豊かな路線です。

最初は浜大津から乗り込みましょう。
でも電車に乗る前に、歩道橋の上から京津線の入線の様子を観察することをお忘れなく。
京都では市営地下鉄として走っていた4両編成の電車が、道の真ん中を堂々と走っている姿は、いつ見てもうれしくなります。
ここ浜大津は鉄道ファンの間ではけっこう有名な場所なのです。
私がここに住もうと思った大きな理由の一つもこの辺りにあります。

さて、今回は次々に変化する車窓の風景を楽しむことを主たる目的としましょう。
普段歩いているとき、視界は徐々にしか変化しません。電車に乗ると視界は次々に、移り変わっていきます。
よく子供が座席に後ろ向きに座って、飽きずにいつまでも景色を見ています。
今回は移り変わりのスピード感を楽しみましょう。

お供をしてくれるのは、ジョン・コルトレーンの1959年のアルバム「ジャイアント・ステップス」です。
石坂線を往復すると軽く1時間以上はかかりますが、その間このアルバムを繰り返し聴くことにしましょう。
最初は石山寺方面に行きましょう。はじめのうち左側に琵琶湖がときどき見えるはずです。

1曲目の「ジャイアント・ステップス」でコルトレーンの驚異的な速さのテナーサックスに度肝を抜かれます。
「シーツ・オブ・サウンド」と呼ばれている手法です。目まぐるしい速さで行われるコードチェンジに、ピアノの伴奏が置いてきぼりになりかかっています。

このアルバムはコルトレーンの超人的なエネルギーを味わうためにこそあるのです。
全曲彼のオリジナルなのですが、難解な曲は一つもなく、テーマは覚えやすいものばかりです。
ところがいざアドリブの部分になると爆発的なコルトレーンのソロに、聴いている方は圧倒されっぱなしです。

この数年後から、彼の音楽は急速にフリージャズへと傾斜していきます。
延々と難解なフレーズを繰り出す、いわゆる前衛ジャズのリーダーの一人となりました。

  私が学生の頃はジャズ喫茶全盛時代でした。
  私語は絶対禁止。無言でうつむいて、ジャズを楽しむというよりは「お勉強」をする感覚です。
  その頃は、コルトレーンといえば神様です。まるで教祖様のお説教を拝聴するかのようにコルトレーンの音楽を聴く、
  なんて風潮もありました。ジャズ喫茶の店主もコーヒー一杯で何時間もねばられては商売になりません。
  満席になるとわざと難解な曲をかけて客を追い出すなんていう荒業を平気でやっていました。
  でも私はその頃に耳が鍛えられたせいで、ジャズの楽しみ方が幅広くなりました。

電車の中で2時間もコルトレーンのアルバムを聞き続ければ、あなたもジャズ耳が相当に鍛えられ、もっとジャズが楽しめるはずですよ。

大津ジャズ日誌 第2回

 みなさん今日は。大津初心者の宗純です。
 
 今回は大津港から琵琶湖汽船のミシガンに乗船することにしましょう。

 ところで、なんで「琵琶湖丸」とかじゃなくて、「ミシガン」なんでしょうか?
 どうやら大津市とアメリカのミシガン州のランシング市とは長らく国際交流を深めている関係にあるからということです。

 ミシガンは映画「ショウ・ボート」に出てくるような外輪船で、2本の大きな煙突が目印です。沖合い遠くにいても、この大きな煙突で、すぐにミシガンとわかります。

 ミシガンクルーズはおよそ90分の時間ですので、お供にするアルバムは2枚。
 1枚目はハービー・ハンコックの1965年のアルバム「処女航海」。
 お次は黒人女性ジャズボーカリスト、サラ・ヴォーンの1954年のアルバム「サラ・ヴォーン・ウイズ・クリフォード・ブラウン」です。

  さあ乗船しましょう。スタッフ・クルーによる元気一杯のお見送りのセレモニーは、恥ずかしさを忘れ、子供になった気持ちで参加しましょう。

 さて1曲目の「処女航海」。ハービー・ハンコックの曲の中ではもっとも有名な1曲です。
 タイトルのように新たな船出を思わせるスローテンポな曲で、ミシガンがその大きな船体をゆっくりと始動させる場面にぴったりです。
 2曲目の「ジ・アイ・オブ・ザ・ハリケーン」で船は嵐に遭い、さまざまなドラマが展開しますが、5曲目の「ドルフィンダンス」で船は無事に港に入港します。

 このアルバムには最初から最後まで一貫したストーリーが描かれています。
 人生の新たな船出を迎える若者でも、これまでの人生を振り返ろうとする中年以降の方でも、それぞれの味わい方、楽しみ方ができる、非常に完成されたアルバムだと思います。
 私も学生の頃からこれまでおよそ40年間、何度も繰り返し聴いていますが、そのたびに新しい音が聴こえてきたり、新しい感覚を味わったりしています。

 ミシガンが雄琴沖あたりまで進むあたりから、2枚目のアルバムを聴き始めましょう。

 まず1曲目の「バードランドの子守唄」。黒人女性ジャズボーカルのお手本のような曲です。
 豊かな声量、ハスキーな声質、表情を自由自在に変化させるテクニック。この頃のサラ・ヴォーンは無敵でした。あまり上手すぎて彼女が嫌いなジャズファンもいるほどです。

 2曲目の「エイプリル・イン・パリス」は一転してしっとりしたスローバラード。
 ピアノだけの伴奏で歌うサラも素晴らしいですが、クリフォード・ブラウンとの掛け合いも聴き所です。
 クリフォード・ブラウンは1956年、わずか25歳で自動車事故のためこの世を去っています。ブリリアントという言葉がもっともふさわしい音を出した不世出の天才トランペッターでした。

 サラ・ヴォーンの歌声に酔わされているうちに、ミシガンは大津港に近づいてきました。
 花噴水もライトアップされています。下船したらアーカスでお食事でもいかがですか?

大津ジャズ日誌 第1回

 みなさん今日は。2か月前に大津市民になったばかりの宗純です。
 大津ジャズフェスティバルの実行委員の先輩方から、大津初心者の目線で大津の町並みや自然のことを書くようにという依頼があり、何回かに分けて大津とジャズのことを書いていこうと思います。

 今時刻は7月4日の午前0時24分。さっきまで大津港からなぎさ公園にかけて1時間ほど散歩して、今戻ったばかりです。天気は晴れ。窓の外はかすかに風の音が聞こえます。
 大津は空が広いところです。町全体が琵琶湖に向かってゆるやかに傾斜しているので、町のどこでも琵琶湖を正面にして立ち、上を見上げれば、大空が広がっています。
 京阪浜大津駅の改札を抜けてすぐ視界にはいる琵琶湖の水の深い青と、どこまでも続く空のスカイブルー。
 この場所が10月15日(土)、16日(日)にはジャズフェスの会場となります。

 ジャズのアルバムや曲名の中で一番多く使われている色といえばもちろんブルーです。 

 マイルス・デイビスの1959年のアルバム「カインド・オブ・ブルー」。
 夕方このアルバムを聴きながら大津港から湖岸をパルコ方面に向かって歩いてみましょう。
 1曲目の「ソー・ホワット」を聴きながら、琵琶湖汽船のミシガンの出航風景を眺められたら、何と素敵なことでしょう。

 3曲目が始まる頃、湖の中に沖合いまで橋が伸びているのが見えるはずです。
 さあ遠慮せず一番先まで歩いてみましょう。
 今あなたのまわりには釣りを楽しむ若者たちと、カップルが何組かいることでしょう。

 3曲目は「ブルー・イン・グリーン」。スローテンポの幻想的な曲です。

 2曲目までは控えめに伴奏に徹していたビル・エバンスのリリカルなイントロ。
 螺旋を描いて下に落ち込んでいくような、あまりにも美しすぎるそのイントロに聴き惚れてしまったのか、名手マイルス・デイビスも自分の出るタイミングを忘れてしまったという逸話が残っています。
 もしかしたらマイルスもビル・エバンスのピアノをずっと聴いていたかったのかも知れない。そんなことを思わせるほど、この曲でのビル・エバンスの演奏は素晴らしいものです。

 この橋の先端からは比叡山がよく見えるはずです。
 比叡の山並みの濃い緑色と湖面の青色、日没後に赤みを帯びていく空の青色。
 それらを「ブルー・イン・グリーン」を聴きながら、ぜひ味わってみてください。

 5曲目の「フラメンコ・スケッチ」が聴こえる頃には、右手におしゃれな4軒のカフェが見えてくることでしょう。
 あなたのお好みにあったお店でコーヒーでも飲みながら、比叡山に夕日が沈んでいくのをゆっくりと眺めてください。

 このマイルス・デイビスの「カインド・オブ・ブルー」は、それまでのハード・バップとは異なる、モード・ジャズを新たに完成させたといわれていますが、音楽理論はともかく、その違いは耳で聴けばすぐわかります。

開放的で自由な感じ。それでいてどこか不思議な雰囲気。

琵琶湖湖岸を散歩しながら、
ぜひそのブルーな感じを味わってみてください。